2014/04/14
人間は、誰でも自由です。好きな事ができます。これを少し難しい言葉で云えば、「基本的人権の尊重」(日本国憲法第11条)ということになります。一方で、自分の利益だけを追求し、他人の人権を侵害した場合には刑罰という責任を取らなくてはいけません。つまり、自分の自由と他人の自由がぶつからないよう(争い事が起きないよう)に、規則(法律)がある訳です。
小学生の頃、「廊下を走るな」と言われると走ってみたくなりました。「川で泳いではいけない」と云われれば泳いでみたくなるし、「バイクに乗ってはいけない」と云われれば乗ってみたくなるし。なぜか禁止されるとやってみたくなるのです。“禁断の魅力”といいますか、ダメと云われるとやってみたくなるのです。
世の中には、いろいろな規則(ルール)があります。学校には校則、会社には社則や就業規則があります。スポーツや格闘技は当然です。俳句や短歌、茶の湯にも“決めごと”があります。一見、雁字搦めで窮屈に見えますが、その制約の中でこそ技を磨くこと(自由に遊ぶこと)に喜びがあり、遂には“道”にまで究める達人が生まれるのでしょう。何でもいいから好きにしてもいい、と云われても人は努力しないと思います。
人間には必ず最期がきます。それは誰でも守らなければいけない「ルール」です。それまでの間にも、確実に老いてゆき、体力も衰えます。病気にもなります。つまり、どんどん禁止事項(できない事)が増えていきます。それを嘆いていても仕方がありません。無い物(失われた物)をねだるより、今持っている数少ない“できる事”を精一杯楽しんでいくことが大事なのではないでしょうか?何でもできた若い時とは違って、数少ない中から今何をするかを選ぶのは簡単です。選んだら、思い切り楽しみましょう。どう楽しむかは自由、あなた次第です。ただし、規則を破ってケガをすることがないように、くれぐれも気をつけてください。